(Ciao!Journal no.11 2018年2月号より)
イレアナの日本滞在日記
その6 バレンタインデー
私はこれまでの人生でバレンタインデーを祝ったことがあまりない のだ。大体その時期に彼氏がいないからなのだが、 まあこの行事を好きだと思ったことはない。がしかし今回は、 初体験であり、またそれっきりの、 日本でのバレンタインデー体験について述べよう。
まるで感動的恋愛映画の主人公にでもなったような気分だった。 後で考えるとブリジット・ ジョーンズのラブコメディみたいなものだったかもしれない。
私は日本留学中、スターバックスでバイトをしていた。 そこで働くことにしたのにはわけがあった。まず、 スタバの雰囲気が好きだった。そして、 日本人の親友の一人であったミキがスタバで働いていたからだ。 私の勤務先は人だらけの新宿。 それに比べてミキの勤務するスターバックスの店舗「B- side」の方は、表参道の大通りに並行する裏道にある、 落ち着いた場所だった。
私と友人のマルタは、 仕事がない午後にそこに行くのが習慣になっていた。 私はアメリカンコーヒー、マルタはホワイト・ モカを飲みながら勉強し、疲れた時にはお喋りする。 そういう風に過ごしていた。
とある午後、山崎先輩(通称「スタバの王子様」)がスタバ「B- side」に入ってきた。山崎先輩はミキの同僚だった。 私と同い年か、もしかしたら年下だったかもしれない。しかし、 私より早くスタバで働き始めていたので、私にとっては「先輩」 だった。スタバの王子様は頭が良くて、優しくて、面白くて、 そして当然ながら、とてもかっこよかった。少女漫画で言うと「 いきなり目がハートになるような」衝撃的なヒトメボレだった。
その日から私たちの「B-side」 への訪問が益々頻繁になった。時間があるたび、 山崎先輩がシフトに入っていることを願いながら、 私はマルタを表参道に引っ張って行った。彼がいる時は、 彼をずっと見つめていた。何ヶ月も「カタオモイ」 のままだったが、私の恋愛テクニックといえば、 いわゆるストーキングだったので、 話に進展がなくても不思議じゃなかった。 山崎先輩が声をかけてくれる度に、 変な返事をするか意味不明な音を発することしかできなかった。
そしてバレンタインデーがやって来たわけだ。日本ではこの日、 女性が男性にチョコをプレゼントするという風習がある。 色んなタイプのチョコがあり、「義理チョコ」 は学校のクラスメートや仕事の同僚などにあげるもの。「 友チョコ」は友達にあげる。そして「本命チョコ」 は特別な感情を持った相手にあげる。彼氏や、 私の場合はスタバの王子様だ。 普通は本命チョコは市販のものではなく、「 家で作ってラッピングしたチョコ」を指す。しかし、 私はこの方法をすぐに省いた。恥ずかしかったからだ…。 いや正直に言おう。料理ができないからである。 だから義理チョコを使ったすごい作戦を立てることにした。「B- side」の同僚全員にイタリアの「Baci」 を義理チョコとして配ることにした。全員に同じチョコを買い、 しかし山崎先輩宛のものにだけ、 気持ちを伝えるメッセージカードを添えることにした。 完璧な作戦だった。
バレンタインデー当日、彼に会えることを祈りながら「B- side」に行った。 レジの方を見て私はホッと安堵のため息をついた。彼がいたのだ! チョコを沢山いれた袋を私は下げていた。 その中の一つだけが違っていて、 山崎先輩にはそれを渡さなければならない。 そんなに難しいことではない。できるはずだった。
レジの方に行き、先輩にチョコを渡すと、 彼にお礼の言葉を言われたので私は何かゴニョゴニョと答えた。 仕事終わりに他の人にもチョコを渡してくれると山崎先輩が言って くれたので、チョコの入った袋を彼に渡すことにした。 私は山崎先輩がメッセージカードを読んだ時のリアクションを妄想 した。そこには「好きです」と書いてあり、 裏には私の携帯のメールアドレスが…。
その夜、そわそわして落ち着かなかった。 果たしてメールをくれるだろうか、何を書いてくれるのだろうか。 携帯を睨み、2秒ごとにメールの確認をしていた。そして、 ようやく一件のメールを受信した。
震える手でメールを開いた。「イレ!チョコありがとうね。 私もイレのこと好きだよ」。それはミキからのメールだった。 全部同じ義理チョコだと思った山崎先輩は、 自分のチョコをミキに渡してしまったのだ。 ミキは本命チョコが自分宛だと思い込み、 メッセージに私のアドレスが書かれていることを疑問に思ったかも しれない。しかし何も聞いてこなかった。
私の作戦はそんなに凄くなかったんだ…。
1ヶ月後、山崎先輩は大学を卒業し、スタバでのバイトをやめ、 就活を始めた。それから二度と会うことはなかった。これが私の、 日本でのバレンタインデー体験である。私は、「バカチョコ」 という新しいタイプのチョコを開発してしまったのだった。 それでは、また次回。
文・Ileana Campofreda