エピファニア〜 Epifania tutte le feste porta via 〜

 私たちイタリア人がよく親しんでいる言い回しに “Epifania tutte le feste porta via”というのがある。「 エピファニア は全ての祭りを持ち去る」という意味だ。クリスマスの親戚一同での食事や大晦日の花火は、もう遠い昔のよう。エピファニアはパーティーの終わりを告げ、また新しく始まる日々のルーティンに私たちを連れ戻すのだ。

 エピファニア(公現祭)は、イタリアでは深く根付いた歴史的なお祭りだ。もちろん宗教的な意味があり、キリストが人類の中に現れたことを記念する日である。西方キリスト教会では、クリスマスの12日後の1月6日、東方の三博士の訪問と礼拝によってその「公現」が認められたとする。一方の東方教会ではイエスの洗礼を記念する日である。

 だが私たちにとってエピファニアを象徴するのは、まず何よりもベファーナだ。エピファニアの日、良い子にはお菓子を、悪い子には石炭を持ってくる老婆である。幼い頃、私たち姉妹は1月6日を楽しみにはしていた(終わったばかりの前年のお行儀が悪くて石炭をもらったこともあったが…)。しかしエピファニアはクリスマスほど特別なものではなかった。プレゼントはクリスマスのそれに比べると乏しく、おまけにこの日が来ると「あと少しで学校が始まる」ということなのだから。

 エピファニアの祝い方は、イタリアの各州によって色々だが、多くの地域ではベファーナという人物は、新年に出番を譲った「過ぎ去った年」を象徴している。トスカーナ、エミリア・ロマーニャ、ヴェネトやフリウリ・ヴェネツィア・ジュリアなどの州では、雑巾でできた人形を焚き火で燃やす習慣がある。私の生まれ故郷ヴェローナ(ヴェネト州)でも、雑巾の「ヴェーチア」(方言でvecchia=老婆のこと)を燃やしてクリスマス休暇を終わらせる。一方フィレンツェでは、「東方の三博士の騎馬行進」という伝統的なパレードが旧市街で行われる。ベツレヘムの洞窟に到着した三博士の再現だ。

 ヨーロッパの国々を旅行していると、一年を通してのお祭りがイタリアと変わらないことに気付く。そしてその祝い方が国によって様々であることにも。例えばスペインや南米では「El Día de los Reyes」(エル・ディア・デ・ロス・レジェス=エピファニア」の日にはパレードとプレゼント交換とを行う。三博士がキリストに贈り物を持ってきたという聖書の記述にちなんだものだ。ポルトガルではお菓子を食べて踊る。フランスでも北の地域とベルギーでは、ガレット・デ・ロワ(王のガレット。フランジパーヌと果物でできたお菓子)を食べてこの日を祝う。イギリスでは、エピファニーの前夜である1月5日の晩は「Twelfth Night」と呼ばれ、様々な芸術的イベントや舞台が催される。ちなみにシェイクスピアの『十二夜』は、「Twelfth Night」の日に上演するために書かれたと考えられているそうだ。

文・Maria Vittoria Longoni
(Ciao!Journal n.10 2018年1月号「耳より目より」より)
© RIPRODUZIONE RISERVATA Ciao!Journal

気軽に行けるValle d’Aosta ~旅の始まりはバッサ・バッレ~

 イタリア20州のうち最も小さい州をご存知ですか? 答えは最北西に位置するヴァッレ・ダオスタ州です。西に聳えるモンテ・ビアンコ(モンブラン)の向こうはフランスで、北のチェルヴィーノ(マッターホルン)の向こうはスイス。「Valle d’Aosta」(アオスタ渓谷)の名の通り、高く険しい岩山にいくつもの渓谷が走っています。モンブラン麓のクールマイユールから湧き出て南東へと流れるドーラ・バルテア川(Dora Baltea)は、アルプスの雪解け水を集めて州内を巡り、やがてお隣のピエモンテ州に入るとイタリア最長のポー川に合流します。

 今回は、アオスタの中でも路線バスなどを利用して気軽に足を伸ばすことができるバッサ・バッレ地域(Bassa Valle d’Aosta)を旅してみましょう。

バッサ・バッレ

 南東から州都アオスタにかけての地域は「低い谷」(バッサ・バッレ)、そこからクールマイユールにかけての北西地域は「高い谷」(アルタ・バッレ)と呼ばれ、北東のチェルヴィニアなどの山岳部はどちらにも属さないそうです。

ピエモンテ州境付近の渓谷に築かれた段々畑

 ピエモンテ州から渓谷に向かって行くと、イヴレア市を過ぎた辺りから車窓の風景が一変します。州境のカレーマ(ピエモンテ州)やドンナス(アオスタ州)辺りでは、ぶどう畑の壮大な景観に圧倒されるでしょう。切り立つ岩山に、大きな石を組んで作った段々畑がまさにへばりつくように築かれています。渓谷の限りある土地と日照時間を有効に活かすために蔓棚(つるだな)が立てられ、「ピルン」と呼ばれる独特の太い石柱がそれを支えます。蔓棚式には風通しが良いというメリットもあり、また日中熱せられた石垣とピルンが日没後にゆっくりと放熱することで、急激な寒暖の変化が起こらないように調整されるのです。

石を積み上げてセメントで固めた「ピルン」。蔓棚式ぶどう畑では常に上を見上げながらの重労働となる。

 この辺りの農家は畑の所有面積が小さいため、組合を作って収穫期を調整し、各農家が責任をもって収穫・選別したぶどうを組合のカンティーナに運び込み、まとめて醸造しています。栽培されているのは南ピエモンテの赤ワイン(バローロやバルバレスコ)と同じネッビオーロ品種。渓谷の風土から生まれたワインを、豚のラード(Lardo d’Arnad)や栗のはちみつ漬けといったアオスタ名物と一緒にお試しあれ!

石細工

 アオスタ渓谷では石の採掘が盛んです。城や橋、家の屋根などにどっしりとした石が使用されています。特にバッサ・バッレ地域では非常に加工しやすい石が採れ、煮込みに最適なシチュー鍋や、火が消えた後も余熱を長く保つストーブなどとして、人々の厳しい冬の生活を支えています。

 カレーマとドンナスの間にある町ポン=サン=マルタンに掛かる大きな石橋は、紀元前1世紀のもの。橋のたもとの広場にある停留所にはアオスタ方面やモンテローザ方面へのバスが発着し、周辺には心地好い宿やレストランもあるので、バッサ・バッレの旅の拠点として便利でしょう。

サンマルタン橋の上は、英国カンタベリーの大聖堂からローマまで続く巡礼堂「フランチージェナ街道」(Via Francigena)の通り道。

木彫

 バッサ・バッレでは伝統的に、ワイン醸造と熟成、そして特産であるラードの塩漬工程に、栗の木が使用されてきました。栗、そして加工しやすいクルミ材は木工品にも使われています。ドンナスに木彫工房を構えるステファノさんとルイーザさんが作る日用品は、かつてこの地にあったケルト文化を彷彿させる独特のデザイン。私はアウトドア用ナイフがすっかり気に入り、愛用しています。

 

岩山の要塞

 アオスタ渓谷を旅していると、岩山の上のあちらこちらに築かれた石造りの城に目が行きます。なかでも「バールの要塞」(Forte di Bard)は観光客に人気です。元々この場所には別の要塞が築かれていましたが、グラン・サン・ベルナール峠を越えて侵攻してきたナポレオン軍に破壊されてしまいました。そこで「二度と撃破されないように!」とサヴォイア王家が再建し、今見る屈強な姿となったのです。長年放置されていましたが、大改修を経て現在は博物館となっています。要塞へはエレベーターを乗り継いで昇ることもできますが、岩山をジグザグに歩いて渓谷を渡る風を感じながら上り下りするのも楽しいでしょう。毎年10月には、要塞へと続く古い路地にて「Marché au Fort」が開催され、アオスタ渓谷の食の特産物が一堂に会します。

イベント会場としても利用される要塞「Forte di Bard」は見晴らしも最高。

麻織物

 バールの要塞の足元を流れるドーラ・バルテア川を渡ってシャンポルシェの谷へ。標高1427mのこの地まで現在は道路が整備されていますが、かつて冬場は完全に閉ざされた土地でした。雪深い谷の石造りの農家で当時最も温かい場所といえば、それは家畜小屋。女性たちは牛の鼻息で暖を取り、小さな窓から差し込む光を頼りに機織りに励んだのでした。カナパ(麻)を求めて険しい谷を下り、30~40kgもある長い茎を肩に担いで村に持ち帰ると、繊維をふやかし、糸を撚(よ)って、紡ぎ、織る。11そうして日用品をあつらえ、搾乳してはチーズを作り、出稼ぎの男性陣の帰りを待つ…。 

Champorcher の谷にかかるポントボゼト(Pontboset)の石橋

 町へと続く道が整備されると、それまでの生活を支えた織機は役目を終え、大半が薪として火にくべられます。この地の麻織文化が消失しようとしていた1989年、最後の一機を元に織機の復元に成功。そして渓谷各地から手芸を得意とする女性が集まり、機織り工房が開かれました。その要となっているのはなんと、この村に嫁いだフィリピン出身のベッシーさん。彼女は村最後の織機の持ち主から直々に技術を受け継ぎました。
 シャンポルシェの谷の北には自然保護区「モン・アヴィク公園」が、そして南西にはイタリア初の国立公園「グラン・パラディーゾ」が広がっています。

麻の繊維を取り出し撚った状態(左)と紡いだ状態(右)

ラルド

 アルナド村に近づくと、険しい段々畑の風景が徐々に牧草地へと変わります。バスや車で行くと、村の入り口のロータリーに大きな木箱が置かれていることに気づくでしょう。これは「豚のラードをハーブと一緒に塩漬け」する容器。「Lardo d’Arnad」(アルナドのラルド)はイタリアで唯一のDOPラード(2018年3月現在)です。この小さな村では例年8月の最終週に大規模な村祭りが開かれ、郷土料理やワインを楽しみに国内外から多くの観光客が訪れます。一年を通じて見学や食事ができるサラミ工房もありますよ。

アオスタの伝統工芸市

 ヴァッレ・ダオスタの州都アオスタは高い山々に囲まれた盆地にあります(冒頭の写真)。フランス、スイスからの道が合流するこの地は戦略上の理由からも重要視され、紀元前25年、古代ローマ人によって「アウグスタ・プラエトリア」(アウグストゥス帝に因む)という名の町が作られました。

アオスタ渓谷の中央に位置する州都アオスタ。ドーラ・バルテア川が見える。 (©️photo by Tinelot Wittermans/Wikimedia Commons)

現在も凱旋門や円形劇場などのローマ遺跡が至る所で見られます。町の中心には美しいファサードを持つ大聖堂が。そして守護聖人を祀ったサントルソ聖堂(Collegiata di Sant’Orso)を訪れる際には、回廊のある中庭もお見逃しなく。プレトリア門の脇には観光案内所があります。   

Collegiata di Sant’Orso

 夏の伝統工芸市(Foire d’été/ Fiera d’estate)は例年8月の第1土曜日に開催され、アオスタの町中に約500の屋台が並びます。それに先駆けて7月後半には伝統工芸コンクールが開かれ、市役所前のシャヌー広場(Piazza Chanoux)にて作品展示が行われます。

 一方、この町の守護聖人オルソの名を冠した冬の伝統工芸市(Fiera di Sant’Orso)は例年1月30、31日に開かれます。夏の倍の約1000軒もの屋台が広場や通りに並び、家具や木彫、石細工、柳のかごや織物製品などアオスタ渓谷の自然素材を活かした作品を一挙に見ることができます。これら二つの工芸市の特徴は、プロの職人によるものだけでなく、農閑期を利用してこの日のために少しずつ制作を進めてきた出展者の作品なども鑑賞できること。それらは「趣味」の域にとどまらない、オリジナリティあふれる見事な作品ばかりです。

 この夏アオスタ旅行を計画するなら、工芸市に合わせて日程を組んでみてはいかがでしょう?

柳のかご

 

木製の花

 

飲み口がいくつもある「Coppa dell’amicizia」(友情の杯)。カフェにグラッパとスパイスを加え、食卓に置くことなく手から手へと受け渡して飲む。

 

アオスタの伝統工芸市の展示作品は、プロの職人によるものだけではありません!会社員のグイドさんはワイン樽を解体して木彫を施したクリスマスツリーを制作。

 

※「Foire d’été 2018」は8月4日開催。それに先駆けてのコンクール及び展示会は7月21~ 29日。

※アオスタ渓谷観光局:http://www.lovevda.it/it

※バールの要塞:https://www.fortedibard.it

【アオスタ渓谷へのアクセス】

◎TRENITALIA(国鉄)www.trenitalia.com

◎SAVDA社:ミラノやトリノ空港とアオスタを結ぶ長距離バス(要予約)と、アオスタ発の州内路線バス。長距離バスターミナルは国鉄アオスタ駅前。路線バスに乗り継いで州内各方面へ足を伸ばすことができる。チェルヴィーノ方面へはChâtillonで乗り換え。www.savda.it

◎V.I.T.A.社:アオスタ州内の路線バス。Aosta, Carema, Pont-Saint-Martin, Donnas, Bard, Arnadなどで発着。モンテ・ローザ方面へはPont-Saint-Martinから、チェルヴィーノ方面へはChâtillonから。シャンポルシェ方面へは国鉄駅のあるVerrèsから。

取材協力

①ワイン販売所 Cantina produttori nebbiolo di Carema(Via Nazionale, 32 Carema ☎0125-811160)

ぶどうを収穫・選別するカレーマの家族

②ワイン販売所 Caves Coopératives de Donnas(Via Roma, 97 Donnas ☎0125-807096)

③レストラン La Maiola(Via Nazionale, 34 Carema ☎0125-805009)

④石細工の店 Ferrari(Via Nazionale, 34 Pont-Saint-Martin ☎0125-804166)

バッサ・バッレ地域で採れる石には、まるで黒板にチョークを走らせるように図柄や文字を描くことができる。

⑤宿泊 B&B Al Castel(Via Castello, 8 Pont-Saint-Martin ☎347-4767125 sig.Fabio)

⑥木彫工房 Le Tsenevalla(Via Roma, 86/A Donnas ☎347-7834607 sig.ra Luisa)

ステファノさんとルイーザさんは幼い頃「枝の二股部分」を使って鶏を作ることから木彫に慣れ親しんでいった。

⑦機織り工房 Lou Dzeut Cooperativa a.r.l.(Fraz.Chardoney,42 Champorcher ☎0125-37327)

経糸(たていと)と緯糸(よこいと)の張りを確認しながら全身を使って機を織るベッシーさん。バスは終点のChardoneyで下車。

⑧サラミ工房 Salumificio Maison Bertolin S.r.l.(Loc.Champagnolaz,10 Arnad ☎0125-966127)

⑨革細工 Minel(Via Croce di Città,75 Aosta)

夏のコンクールで最優秀賞を受賞したこともある職人アンナさんの店。

⑩工芸品店 L’Artisanà http://www.lartisana.vda.it/)

アオスタ伝統工芸職人の作品を一堂に集めた店。

文・Masae Takanashi
(Ciao!Journal n.13 2018年5-6月号「ぶらりイタリア散歩道」より)
© RIPRODUZIONE RISERVATA Ciao!Journal

受胎告知

 1990年代後半、僕の友達のイタリア人アーティストが、「受胎告知」と題する作品を発表した。それは、14世紀の画家シモーネ・マルティーニの『受胎告知』(1333年作。ウフィツィ美術館蔵)の、モノクロコピーの聖母マリアと大天使ガブリエルの間に、アメリカで実際に起きたある事件の新聞記事を拡大コピーして据えたものであった。その記事の内容とは、交通事故で死亡した夫の精子を採取して人工授精で子供を授かった女性の話。当時この作品から、生命を授かることの不思議について思いを馳せたことを覚えている。

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