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イタリアよ、そんな国だったのか? ~サルヴィーニ副首相の政策をどう捉えるか~

(Ciao!Journal no.14 2018年7-8月号より)

政界アラカルト

 2018年6月1日、コンテ氏を首相に据えた第18次内閣が誕生。3月4日の総選挙から3ヶ月(87日)という長きに亘る「制度的危機」が終わった。絶対多数を獲得した政党が無かったため、最多の37%を得票した中道右派連合のうちのトップ政党「レーガ」(17%)と、大躍進して単独1位の32%を獲得した「五つ星党」とが結託した結果である(PDは19%だった)。

混乱を極めた組閣過程

3月25日、下院議長ロベルト・フィーコ(五つ星)、上院議長カセッラーティ(FI)選出。▶4月4日、組閣に向けて協議開始。12日、ディ・マイヨ五つ星党首とベルルスコーニFI党首が相手と組むことを互いに拒否。レーガ党首サルヴィーニは中道左派と組むことを拒否。中道左派沈黙。4月18日、大統領府の命を受けたカセッラーティ上院議長が、五つ星と中道右派の連立での組閣の可能性を探るが、実現せず。23日、次に使命を課されたフィーコ下院議長が五つ星と中道左派の連立の可能性を探る。PD党首マルティーナは前向きな姿勢。依然影響力を保持するレンツィ前PD党首が五つ星党との連立を否定。水泡に帰す。5月7日、マッタレッラ大統領「2019年1月まで存続する中立内閣を組閣するか、前代未聞だが夏休み前に再度選挙を行うか、それ以外にない」。これを受けてディ・マイヨとサルヴィーニが、ベルルスコーニが一歩下がることを条件に連立に向けて話し合い開始。14日、ベルルスコーニが引き下がることを了承。21日、五つ星、レーガ各党首、最終合意書を大統領府に提出。首相としてコンテ氏の名が浮上(総選挙時、大臣リストに載せていたが落選。政治家未経験)。5月23日、コンテ氏がクイリナーレ宮に招聘(しょうへい)される。五つ星とレーガの間で大臣の選出協議。27日、レーガが、最重要大臣である財務相にEU離脱派のサヴォーナ氏を指名し、再び暗礁に。大統領府は代わる人物の指名を求めるがレーガ党首サルヴィーニは譲らず。コンテは首相を辞退。ここにおいて大統領は、国民に状況を説明する事態に追い込まれ、五つ星のディ・マイヨは大統領の弾劾(Impeachment)を求めるに至った。▶5月28日、大統領府は次期選挙まで僅か2ヶ月のテクノクラート政府を組閣するため、過去に政府の経費削減委員を務めたコッタレッリ氏を首相に指名。29日、コッタレッリが内閣を構成する大臣名簿を用意。▶5月30日、五つ星とレーガがサヴォーナ氏をEU政策大臣に移動させてトリア氏を財務大臣に配置することで合意。31日、コッタレッリが首相辞退。大統領府が五つ星とレーガの内閣メンバーを受理。

 

Giuseppe Conte ©Presidenza della Repubblica/ Wikimedia Commons

やっと樹立した内閣

 6月1日、組閣。いったん辞退したコンテが首相。そしてディ・マイヨが副首相&経済労働発展大臣、サルヴィーニが副首相&内務大臣という風に、戦略的ポストをそれぞれ兼任。その他はレーガ7名、五つ星8名の大臣から成る。「歴史的な記念日を(ローマの)“真実の口”の前に集まって祝福しよう。今度こそイタリアを変えるために」(五つ星党ブログより)。サルヴィーニは「奇跡は起こせないが、今度の政府はやる気のある正直者ばかり。自分は大臣もするが、できるだけ国民の中にいるよう努力する」と語り、「イタリア国民6000万が誰一人として取り残されないよう身体障害者省を設置」「警察を重視して悪人はできるだけ長く牢屋にいてもらう」「移民受け入れ予算の50億ユーロは削減する」と約束事を羅列した(但しこの50億ユーロというのは、イタリアが貧窮財政の中から捻出しているのではなくEUから配賦されているものだと、作家サヴィアーノは説明)。

 これに対してレーガと同盟関係にあるFIは、「コメディアンのグリッロが立役者の五つ星とレーガの内閣にあくまでも反対する。フォルツァ・イタリアは国民の側に立ち、総選挙時の公約プログラムが実行されるよう見張り役をする」と、同盟党であるにも関わらず野党のような物言いだ(一体どうなってるの?)。PDは「危険なポピュリスト与党が誕生した。極右・反EU的、社会的不平等を拡大する彼らの言動に断固として反対し、真に国民が求めている政策を提示する」。一方の米国は「イタリアは非常に親密な同盟国。新政府との協力再開をもどかしい気持ちで待っている」と高評価である。

不戦協定

 自らを「Governo del cambiamento」(変革の政府)と名付けた両党の協定書は、「五つ星-レーガ間の不戦協定」とも言え、「重要な政策について片方を敵にしない」目的で結ばれている。その主な政策とは、①財政赤字額をEUと再交渉する(レーガの強気で、帳消しにでもしてもらうつもりか?)。②フォルネーロ年金法を廃止し、「QUOTA100」システムを導入(100から年金積立期間を差し引いた数を受給開始年齢とする)。③消費税率現状維持とフラット・タックス導入。④ダブリン規約(最初に入国した国での難民申請を義務とするもの)の見直し交渉。各州に難民一時収容所を開設し、収容後祖国に戻す。⑤貧困層にある失業者に月額780ユーロ支給。20億ユーロの資金を投入して就職斡旋センターを再編成・強化。⑥女性殺害の罪を重くする。⑦警官の制服にビデオカメラ装着。校内暴力防止のため教室にビデオカメラ導入。⑧イタリア人世帯のみ保育園無料化。⑨直接民主制強化。などである。これらの政策はイタリア全域を対象とし、特別な南伊政策は無し。外交面では、イタリアはNATOメンバーでありながらも、ロシアに対する制裁を解除して強力な経済パートナーと見なす。

 そしてここで怖いのは、「直接民主主義」の強化だ。言葉だけだと聞こえは良いが、「直接」とは代議士を通さず民衆の意思を政策などに反映させること。一般の有権者に重大事項の決定が任されるとなると、扇動者の言いなりになる危険性もある。扇動者が潜んでいることは、ネット上で炎上する匿名コメントを見ればわかることだ。

Luigi Di Maio ©Presidenza della Repubblica/ Wikimedia Commons

コンテ首相の立場

 更に注目に値するのは、両党一致で首相に選出したコンテ氏の立場だ。新聞には、首相の左右でディ・マイヨ、サルヴィーニ両副首相の控えている(と言うより両脇から首相に寄り添って指示している)姿が、頻繁に掲載されている。この姿が示す通り、この度選出された首相はレーガ、五つ星両党首が取り決めたことを単に公言する役割を果たすと言われ、6月8日開催のカナダG7においても、初参加の伊首相は対ロシア経済制裁の緩和というサルヴィーニの提案を持参した(期待された効果はなかったようだが)。また、信任投票後の首相演説で右脇のディ・マイヨ副首相に「これ言っていい?」と尋ね、副首相が「ダメ」と答えているビデオがネット上で公開されている。

Acquarius事件

 そんな折、6月10日、 NGOの難民救助船「アクエリアス」のイタリアへの入港をサルヴィーニ副首相が拒否する、という事件が起こった。イタリア沿岸警備隊が漂流中のゴムボート6艘から救出した629人(うち未成年123名、幼児11名、妊婦7名)を乗せた船である。救助船はシチリアのカターニアに向かっていた。だが、イタリア警備隊の要請を受けての救助活動であるにもかかわらずイタリアへの入港を拒否されたため、「アクエリアス」はマルタ共和国に難民の救済を求めた。マルタは「救助活動がマルタの領海で行われたものではないため管轄外」と回答。そして11日午後、サンチェス首相のスペイン新政府がヴァレンシア港への入港を許可。その時サルヴィーニ副首相は「我が国にとって新しい時代が始まった。大きな声で拒否すると聞き入れられる。Fare la voce grossa paga」とご満悦だったのだ。病人や怪我人を抱えたアクエリアスがヴァレンシア港にたどり着いたのは、イタリアに拒否されてから7日目のことであった。

 フランスはイタリアのやり方を「無責任で無神経」。スペインは「イタリアは国際法に基づいて制裁措置を受けることになる」と大々的に非難。これに対してイタリアは「フランスよ、君たちだってアルプスを裸足で超えて入国する人たちを追い返しているのだから、そんなことを言う権利はないぞ」と即反発した。しかし考えてみれば、EUのダブリン規約は「難民が最初に足を踏み入れた国における申請手続きを義務化」しているのだから、イタリアからアルプスを越えてフランスに入る難民は、イタリアが受け入れるべき人々だったのだ。アクエリアスについても、イタリアの領海にあった救助船の受け入れを拒否したサルヴィーニは規約を遵守しなかったのである。

Matteo Salvini © Ministero dell’interno/ Wikimedia Commons

突如豹変

 新政府のイタリアはハイド氏の如く、突如豹変した。そして更に驚くことに、副首相のこの行動を国民の59%が「よくやった」と評価した。民主党(PD)支持者も29%が賛同しているという(コリエーレ紙)。3月の総選挙で得票わずか17%の少数派レーガが、イタリア国民全体の名においてこのような行動を起こす権利が、果たしてあるのか。そして国民は本当にサルヴィーニ氏の行動を支持しているのか?そんなことあるはずがない(と思いたい)。

 少し古い話だが、かつて私がミラノに向かう通勤電車内で失神したときのこと。Extracomunitari(=非EU圏の者)の私を、そのとき周囲に居合わせた人たちはそれは親切に助けてくれた。通勤客で一杯の電車が発車できなくなったにも関わらず、怒るどころかイラつく人さえもおらず、日本ではこんな風には行かないだろうなと、イタリアの人たちに感謝と敬意の念を抱いたものだ。年月を経たとは言え、政府同様に人々の心まで豹変したとは思えない。ごく最近も、レーガの発祥地ポンティーダにおいてさえ、貧しい黒人家庭の共益費を同じアパートのイタリア人たちが負担してあげているという話を、聞いたことがあるのだから。

Masao Yamanashi
(foto ©︎ Wikimedia Commons)