気前が良いポピュリスト内閣誕生か? ~総選挙後1ヶ月半以上経過のイタリア~

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Geienneffe Editore s.a.s.

2018年3月4日、イタリアで総選挙が実施された。投票率は72.9%で1948年共和国成立以来最低。結果はあけてびっくり玉手箱! 誰とも同盟を組まず突っ走った五つ星運動党が単独で最多の32%を得票した。

北部同盟(Lega Nord)、フォルツァ・イタリア(FI)、イタリアの同胞(Fratelli d’Italia)などから成る右派連合は37%(連合内では北部同盟がFIをしのいで約18%の最多)。民主党(PD)を始めとする左派連合は22%の頭打ちでこれまでで最低の得票率。そして当初の予想通りに「過半数を占める政党が存在しないため収拾がつかない状況」が生じることに。下院630名・上院315名の議員と両院議長までは決定したものの、どの党も単独で過半数に達していないため、他の政党と連立を組まなければならない。選挙から1カ月半以上を経た今なお(4月22日現在)、組閣のため政党間の交渉が続いている状況だ。

Rosatellum bis

 2016年12月4日にレンツィ内閣が実施した「上院廃止を問う」国民投票で、同首相への不信感を強めていた国民が上院廃止を否定。その結果を受けて、次期総選挙は従来通り両院について行われることになっていた。しかし、それまでの選挙法では上下院の議員がそれぞれ異なった方法で選出される制度であったため、同一の法律で両院を選ぶ新選挙法の制定が急がれた。こうしてPDの主導で「Matterellum」「Rosatellum」などの法案が2017年6月頃から次々に国会に提出・討議された結果、11月3日にPD、FI、Lega、Alternativa Popolare(人民の選択肢。代表アルファーノ)の支持で新たな選挙法「Rosatellum bis」が可決されたのである。尚これに反対したのは五つ星運動党と、PD以外の左派諸政党であった。そして皮肉なことに今回大勝利したのは、大きな政党の中では新選挙法に唯一反対した五つ星運動党だった。

どんな公約?

さて、良くも悪くも選挙法が一応定まり、昨年12月28日マッタレッラ大統領が国会任期の終了を宣言し、閣僚評議会が投票日を3月4日に決定。各政党は選挙運動に突入した。では、この度「勝った」のが何故に五つ星、次いで北部同盟なのか? 各党の選挙前の公約を見てみよう。

【Jobs act廃止】⇦中道右派連合+五つ星

2013年国会で議員資格を剥奪されながら依然FIの党首に留まっているベルルスコーニは、「結果的に雇用の捻出に繋がらなかったレンツィ内閣のJobs act法を廃止する」とインタビューでほのめかした。五つ星運動党も、レンツィ内閣が雇用促進のために施行した同法を廃止し、それと入れ替わりに今廃止されている1970年5月20日付け法律第300号「労働憲章」(Statuto dei lavoratori)の「第18条:不当解雇された被雇用者の権利」を再導入する旨を提示。


【Flat tax導入】⇦北部同盟+FI

現在の累進課税システム(所得が多いほど課税率が大きくなる。23~43%)を廃止し、税率を一律20%以下にする。これによって現行の複雑な課税システムを簡素化し、重税にあえぐ納税者の負担を軽減すると共に脱税を防止する(という富裕層優遇策)。

【フォルネーロ法の廃止】⇦北部同盟+FI+五つ星

 モンティ内閣時にイタリア財政救済対策の一環として、フォルネーロ労働大臣が財源確保の目的で年金受給開始年齢を60歳から67歳へと大幅に引き上げた。この法律は同大臣の名を取ってフォルネーロ法と呼ばれている。60歳で年金生活に入ることができなくなったイタリア国民から憎まれているこの法律を、北部同盟のサルヴィーニは「破り捨てる」、ベルルスコーニは「修正を加える」。五つ星党首ディ・マイヨに至っては「我々は最初からこの法律の廃止を宣言している唯一の党だ。積立期間41年の条件を満たした者は年齢とは関係なく年金を受給する。そして若者に雇用ポストが回るようにする」。ごもっともです。ただ同法廃止によって必要となる1400億ユーロをどうやって工面したものか。

 Luigi Di Maio ©UNUO/Wikimedia Commons

年金最低額引き上げ】⇦FI+五つ星

ベルルスコーニはまた、「支給する年金を月額最低1000ユーロに引き上げて、ボーナスを含む13ヶ月分を1年分とする」。更に「晴れやかな老後を送って頂くため」に「主婦など無給で勤労奉仕した人々を含めた全イタリア人を対象とする」計画。彼ほど気前が良くないが五つ星党も月額780ユーロに上げると宣言。


【Reddito di cittadinanza】(ベーシックインカム、生活保証金)⇦五つ星

五つ星党の掲げる最強の公約がこれ。失業者やニートなどの無収入層に月780ユーロを支給。月収が780ユーロに届かない低所得層にも差額を支給する。ISTATは「これをカバーするために150億ユーロが必要」と試算しているが、五つ星党は脱税対策などで捻出すると決めているらしい。この政策が実行されると職を探す人がいなくなるという意見もある。

【尊厳手当】⇦FI

 これまた気前の良いベルルスコーニ氏の発言だ。「貧困層のイタリア人家庭に対し、税の支払い義務を無くすだけでなく、ISTATの定める“尊厳的な生活水準”に達するだけの手当を支給する」。同氏はまた自動車税の撤廃も提案しているが、国民が本当にこれを払わなくて良いとなると60億ユーロの税収を他で工面することになるそうな。

【時給最低一律10ユーロ】⇦PD

 「現在は部門別の就労協約で定められる最低賃金を、一律時給10ユーロにする」方針をPDは打ち出した。しかしこの金額はあまりにも高すぎて、雇用主側が負担しきれずに解雇者が激増する恐れがあるという見解も。PDはこの他、RAI視聴税撤廃または減税案も打ち出している。ANSAによると視聴税を完全に廃止した場合の税収不足17億ユーロ。 

【移民追放】⇦北部同盟+FI

 サルヴィーニ「イタリアから追放すべき不法滞在者は50万人。選挙に勝った暁には飛行機に乗せて戻してやる」。ベルルスコーニ「今イタリアにいる63万人の難民の内、戦火を逃れてきているのは僅か3万。あとの60万人は追い出すべき」。

 この他にも北部同盟による予防接種義務廃止、Liberi e Uguali(Free and Equal)による大学教育の無償化などの公約がある。

Matteo Salvini ©Senato italiano/ Creative Commons

というわけで春の大セール、否、選挙直前の客引き合戦は隆盛を極めていた。「さあさあ五つ星の目玉商品ベーシックインカムがお買い得ですよ!」「北部同盟のフラットタックスはお安くなってます!」「お時間が経っていますのでPDは半額とさせていただいております」「3月3日までの時間限定セールです。皆様お急ぎくださーい」。

3月4日

こうした中で3月4日の総選挙は遂行され、冒頭で述べた結果となった。注目すべきは、支持政党がイタリア半島を2分してはっきり分かれたことだ。シチリアとサルデーニャの2州を含むローマ以南が全面的に五つ星党、北部の大半が北部同盟を中心とする中道右派を支持。そして中道左派は、レンツィ前首相の出身地トスカーナ州の一部と、ボスキ内閣政務次官が立候補したトレンティーノ・アルト・アディジェ州以外では惨敗した。

尚、企業研究機関(IPSOA)は有権者の棄権率が高く、またPDが敗北した原因を以下のように分析している。①前回2013年2月の総選挙でベルサーニPD書記長を支持していた有権者が今回棄権した。②2013年度と比較して政党勢力が決定的な変化を遂げた。即ち「北部同盟を中心とした中道右派」と、右でも左でもないポピュリズム党「五つ星運動」の勢力争いとなり、中道左派が消え失せたのである。

無い袖をどう振るか

 2016年4月17日付Stampa紙は「フォルネーロ法が施行されている今でさえ年金の資源は2030年に枯渇する」と既に報じていた。加えて現在国民総生産(PIL)の130%にも上るイタリアの財政赤字(EU加盟全28カ国中第2位)は、減るどころか増加する一方だ。にも関わらず、「財源の確保と財政赤字の解決」という現実的で急を要する政策をどの党も明示しなかった。それどころか、2011年、国の財政を破綻寸前に至らせたベルルスコーニが、またもや気前の良い公約を振りまいて蘇った。南部では、何の根拠もなく国民全員に最低780ユーロを約束した五つ星党が大勝。北部でも課税を一律20%に引き下げることを約束したサルヴィーニの独り舞台に。プーリア州では五つ星党の勝利が濃厚になった時点で、開票結果も出ないうちから「生活保護(Reddito di cittadinanza)を申し込むためにバーリ市役所に市民が押しかけた」という。

 政党間で合意が得られない場合は再度選挙という方法もあるらしいが、マッタレッラ大統領は組閣に向けて尽力している。最も有力視されているのは「五つ星=右派」の連立政権で、これを書いている2,3日後には現実のものとなっているかもしれない。では、公約に従って実際にFlat taxが導入され税収が増えるどころか激減する一方で、誰も彼もが一挙に生活保護や年金を受け取るようになった暁には、イタリアどうなる? まさか、預金を持ち出して国外に逃げるはめにならなければいいが。(2018年4月22日現在)

Masao Yamanashi
(foto Andrea Torelli)