創業1914年のおもちゃ屋さん
12月 4, 2018
気軽に行けるValle d’Aosta ~旅の始まりはバッサ・バッレ~
1月 2, 2019

受胎告知

 1990年代後半、僕の友達のイタリア人アーティストが、「受胎告知」と題する作品を発表した。それは、14世紀の画家シモーネ・マルティーニの『受胎告知』(1333年作。ウフィツィ美術館蔵)の、モノクロコピーの聖母マリアと大天使ガブリエルの間に、アメリカで実際に起きたある事件の新聞記事を拡大コピーして据えたものであった。その記事の内容とは、交通事故で死亡した夫の精子を採取して人工授精で子供を授かった女性の話。当時この作品から、生命を授かることの不思議について思いを馳せたことを覚えている。

 神が大天使ガブリエルを遣わし、純潔の聖母マリアが神の子を身ごもるお告げを扱う「受胎告知」は、キリスト教絵画のテーマとしてあまりにも有名である。それが20世紀末、生物科学の進歩は新たな生命誕生のケースを提案した。そして、21世紀にはいった今、僕の周りの身近なカップルたちの子どもの授かり方の多様性に目を見張る。

『受胎告知と聖アンサヌス、聖女』シモーネ・マルティーニ、リッポ・メンミ画、1333年、ウフィツィ美術館所蔵/”Annunciazione tra i santi Ansano e Margherita”, Simone Martini e Lippo Memmi, 1333, proveniente dal Duomo di Siena, Galleria degli Uffizi di Firenze 聖母マリアと大天使ガブリエルを描いた「受胎告知」がシモーネ・マルティーニによるもの。両脇のシエナの守護聖人アンサヌスと聖女はリッポ・メンミによる。

(1)40代のイタリア人夫婦。3歳の男の子に続いて女の子が生まれた。従来通りの伝統的家族像だ。

(2)40代のイタリア人夫婦。エチオピアから1歳半の男児を養子に迎えた。国内養子縁組から国際養子縁組へと時代の変化が感じられるとともに、倫理・法的に整備されつつある家族像である。だが南米では孤児の生活環境(犯罪組織、麻薬など)、旧ソビエト連邦圏の諸国では養子縁組のビジネス化など、問題は多い。この友達夫婦はエチオピアの5,6歳までの子どもを希望していたところ、1歳半の子どもが候補にあがったとの連絡がはいり、初めてエチオピアへ。初面会時の3日間滞在、1ヶ月後の1週間の滞在を経て、親子共々帰国。養子縁組の申請から成立まで5年を要した。

(3)40代のイタリア人女性カップル。精子バンクより入手した精子を、カップルの一人の卵子に体外受精させ、再び受精卵を母体に戻して出産(ベルギーにて)。

(4)40代のイタリア人男性カップル。提供された(購入した)卵子にカップルの一人の精子を体外受精させ、受精卵を別の女性の子宮にいれて代理母出産(アメリカにて)。

 カトリックの総本山バチカンのあるイタリアでは同性の婚姻は認められていなかったが、2016年5月ついに、結婚していない男女のカップル同様の「事実婚」の制度によって同性カップルの権利が認められた。そして、既にイタリアでも子どもを育てる同性カップルは存在するが、これに関してはまだ養子として認められない

 さて女性カップルの場合、精子バンクから得た精子で自ら妊娠することも可能だが、男性カップルでは自分の遺伝子をもつ子どもを欲する場合、代理母に依頼することが必須だ。上述の知り合いの男性カップルの場合、アメリカ人女性から提供された卵子に一人の精子を体外受精させ、すでに子どものいる別の女性が代理母となり(女性の夫の合意のもと)、遺伝子科学の力を借りて希望通り「男児と女児の双子」を得た。双子を連れ2015年暮れイタリアに帰国、新たな家族生活が始まった。子供達は、男性カップル双方の親権を認めるアメリカの法律に守られ米国籍を持ち、イタリアで外国人としての滞在許可証を持ち、イタリア人両親のもとに育つ。彼らがイタリア国籍を欲するなら18歳になった時点で申請ができる。代理母となった女性とは交流をつづけており、近々双子の子どもに会いに夫婦でミラノにやってくるという。法的には認められない家族体系だが、病院や警察などでの対応はいたって自然であることに男性カップルは満足しているようだ。

 古来からの伝統的家族像に加え、現在は「新たな家族」が社会に現れ、各国政府はそれらの家族を守るため順次、法的整備に応じざるを得ないだろう。エチオピアからミラノにやってきて今3歳を迎えるM君は、園児の6割が外国人という幼稚園に通っている。“人類大移動”が止めどない中、この子たちがイタリアで成人する頃には、今以上にエスニシティ(帰属意識)の起源を異にする人々が増えると同時に、新しいタイプの家族像が認められる世の中になっているのかもしれない。

文・Itaru Ito

(Ciao!Journal no.9 2017年12月号「dunque parliamo」より)
© RIPRODUZIONE RISERVATA Ciao!Journal